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東京地方裁判所 平成8年(ワ)6192号 判決

原告兼亡甲田花子訴訟承継人

甲田二郎

原告兼亡甲田花子訴訟承継人

甲田三郎

原告

甲川春子

外二名

右五名訴訟代理人弁護士

佐藤和利

木下泉

被告

株式会社A

右代表者代表取締役

乙山太郎

被告

B株式会社

右代表者代表取締役

乙山太郎

被告

乙山太郎

右三名訴訟代理人弁護士

鈴木仁

被告

C株式会社

右代表者代表取締役

丙島次郎

右訴訟代理人弁護士

濱秀和

宇佐見方宏

主文

一  被告株式会社Aは、原告らに対し、別紙株券目録二記載の株券を引き渡せ。

二  被告B株式会社及び同乙山太郎は、連帯して、原告兼亡甲田花子訴訟承継人甲田二郎に対して金二〇〇〇万一円、同甲田三郎に対して金二〇〇〇万円、原告甲川春子、同甲林夏子及び同甲橋秋子に対してそれぞれ金一三三三万三三三三円並びにこれらに対する平成九年七月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告らに生じた費用の二五分の二三と被告株式会社Aに生じた費用については同被告の負担とし、原告らに生じた費用の一五五分の八と被告乙山太郎及び同B株式会社に生じた費用については、これを五分し、その一を原告らの負担とし、その余は同被告らの連帯負担とし、原告らに生じた費用の七七五分の二二と被告C株式会社に生じた費用については原告らの負担とする。

五  この判決の第一、二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  主文第一項記載のとおり。

二  被告B株式会社、同乙山太郎及び同C株式会社は、原告らに対し、連帯して金一億円及び内金二〇〇〇万円に対する被告B株式会社及び同乙山太郎については平成八年六月五日から、被告C株式会社については同月六日から、内金八〇〇〇万円に対する平成九年七月二四日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告C株式会社は、原告らに対し、金一〇六三万七二一一円及び内金六四九万一四二六円に対する平成四年一二月二五日から、内金四一四万五七八五円に対する平成七年二月一〇日からそれぞれ支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、甲田一郎(以下「一郎」という。)らにおいて被告乙山太郎(以下「被告乙山」という。)が考案した相続税対策を株式会社D(以下「D」という。)、被告B株式会社(以下「被告B」という。)、同乙山及び同C株式会社(以下「被告C」という。)の勧誘、指導に基づき実行することとし、右対策の一環として一郎が原告兼亡甲田花子訴訟承継人甲田二郎(以下「原告二郎」という。)に対してF株式会社(以下「F」という。)の株式八万二二〇〇株を配当還元方式により評価されることを前提として贈与した上、同原告において贈与税の申告をしたところ、税務当局から右株式の評価を右方式により算定するのは相当ではないことなどを理由に、同原告が一一億六六九万四三〇〇円に及ぶ贈与税の更正処分及び賦課決定処分を受けたとして、一郎の相続人である原告らが、(一)被告B、同乙山及び同Cに対し、不法行為による損害賠償請求権等に基づき、右株式の購入費用の借入れに伴う金利二億四四三五万円の内金八〇〇〇万円及び弁護士費用二〇〇〇万円の支払を、(二)被告Cに対し、不当利得返還請求権に基づき、同被告がDから紹介料の名目により受け取った合計一〇六三万七二一一円の支払を、(三)右株式七万八〇〇〇株の売却先である被告株式会社A(以下「被告A」という。)に対し、右贈与は錯誤により無効であるとして、別紙株券目録二記載の株券の返還をそれぞれ求めた事案である。

一  前提となる事実

1(一)  原告らは、一郎及び甲田花子(以下「花子」という。)の子である。一郎は、平成七年四月五日に死亡した(被告乙山、同B及び同Aとの間では争いがない。被告Cとの間では、弁論の全趣旨によりこれを認める。)。

花子は、平成八年五月一〇日に死亡した。原告甲川春子、同甲林夏子及び同甲橋秋子は、平成八年九月三日花子の相続を放棄した(弁論の全趣旨)。

(二)  被告Bは、経営、事業承継及び相続に関するコンサルタント業務を業とする株式会社である。被告Aは、被告Bの関連会社である。被告乙山は、被告B及び同Aの代表取締役であり、税理士である。被告Cは、不動産の売買及び仲介等を業とする株式会社である(争いがない)。

2  一郎、原告二郎及び原告兼亡甲田花子訴訟承継人甲田三郎(以下「三郎」という。)は、平成四年一〇月ころD及び被告Bから一郎が死亡した場合の相続税の節税について、次のような対策(以下「本件相続税対策」という。)を教示された(甲八、九、一三、一四、証人鈴木洋志、同丁浦冬夫、原告三郎本人)。

(一) 被相続人である一郎は、Fの株式(以下「本件株式」という。)を買い受け、その売買代金を支払う。

(二) 一郎は、本件株式を一定期間経過後財産を多く相続させようとする相続人に対して贈与する。

(三) 受贈者である相続人は、本件株式を一定期間保有した後、被告Bが紹介した業者に時価で売却する。

D及び被告Bは、一郎らに対し、右相続税対策を採ることにより、被相続人である一郎の資産が本件株式に転換することから相続財産の評価額が減縮され、さらに右株式を贈与することにより相続発生時に課される相続税を少なくすることができること、受贈者である相続人は少額の贈与税を支払うだけで済むこと、右相続人は本件株式を第三者に対し時価で売却することにより一郎が買受時に支払った売買代金に概ね等しい売買代金を回収することができることなどを説明した。

3  一郎らは、Dらの教示に従い、次のとおり本件相続税対策を実行した(被告乙山、同B及び同Aとの間では争いがない。被告Cとの間では、甲一〇、一三、一四、証人鈴木洋志、同丁浦冬夫、原告三郎本人によりこれを認める。)。

(一) 一郎は、Fから平成四年一二月二四日、別紙株券目録一記載の本件株式八万二二〇〇株を株式会社エスビーエフ(以下「エスビーエフ」という。)からの借入金一四億五二万三六〇〇円で買い受けた。

(二) 一郎は、二男である原告二郎に対し、平成五年一二月一五日本件株式を贈与した(以下「本件贈与」という。)。

(三) 原告二郎は、本件贈与について、配当還元方式により本件株式を評価した上、一七〇九万七六〇〇円の価額の贈与を受けたとして、平成六年三月柏税務署に対し、六四二万三三〇〇円の贈与税の申告を行った。

(四) 原告二郎は、被告Bが紹介した被告Aに対し、平成六年一二月一六日、別紙株券目録二記載の本件株式七万八〇〇〇株を、一三億四一六七万八〇〇〇円で売り渡した。

4  原告らは、柏税務署に対し、一郎の死亡後である平成八年一月五日、一億五八二一万五六〇〇円の相続税の申告を行った。しかるに、柏税務署長は原告二郎に対し、平成八年二月一六日、平成六年三月の贈与税の申告について更正処分及び加算税の賦課決定処分(以下「本件更正処分等」という。)をした。右更正処分等の内容は、原告二郎が贈与により取得した財産の価額は、一郎の買受代金と同額の一四億五二万三六〇〇円であり、贈与税として九億六九〇四万六一〇〇円及び過少申告加算税一億四四〇七万一五〇〇円を納付すべきであるというものであった(被告乙山、同B及び同Aとの間では争いがない。被告Cとの間では、甲一、一四、原告三郎本人によりこれを認める。)。

原告二郎は、右柏税務署長の決定について、東京国税局長に対し、異議の申立てを行ったが、平成八年六月二〇日右申立ては棄却された。さらに、原告二郎は右東京国税局長の決定について、国税不服審判所長に対し、審査請求の申立てをしたが、平成一〇年六月一〇日右審査請求も棄却された。

原告二郎は、現在取消訴訟(千葉地方裁判所平成一〇年(行ウ)第六六号)を提起し、係争中である(甲二ないし四、一四、一八、原告三郎本人、弁論の全趣旨)。

二  争点

1  被告B、同乙山及び同Cは、原告らに対し、本件相続税対策を一郎らに勧誘、助言及び指導したことについて、債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償責任を負うか。

2  被告Cは、原告らに対し、Dから紹介料として受領した合計一〇六三万七二一一円について、不当利得返還義務を負うか。

3  被告Aは、原告らに対し、一郎と原告二郎間の本件贈与の錯誤無効を理由として、別紙株券目録二記載の株券の返還義務を負うか。

被告Aは、右株券を善意取得したか。

三  原告らの主張

1  被告B、同乙山及び同Cの債務不履行ないし不法行為責任

一郎と被告B及び同乙山は、現行の課税実務において通用する内容の合法的な相続税対策を助言、指導することについて委任契約を締結した(以下「本件委任契約」という。)。

それにもかかわらず、被告B及び同乙山は、現行の課税実務において通用しない内容の本件相続税対策を助言、指導し、原告二郎は本件更正処分等を受けた。

被告B及び同乙山は、本件相続税対策は財産評価基本通達(以下「通達」という。)に従ったものであり、本件更正処分等がされることを予見することは不可能であったと主張するが、本件株式の取得は相続税の負担軽減を目的として行われたものであるところ、通達6によれば、右株式自体特殊なものとして扱われる可能性が十分にあったこと、本件相続税対策が考案されたころから、いわゆる節税商品に関しては通達にかかわらず税務当局において否認される流れが出始めており、本件相続税対策は税務上のリスクがあるとして被告Bを退職した税理士が二名いたこと、被告乙山自身も本件株式の購入価額と配当還元方式による価額に差異が有り過ぎたことを自認していることなどからすれば、右主張は理由がないというべきである。

以上によれば、被告B及び同乙山は、本件委任契約の債務不履行により原告らが被った損害について賠償すべき責任がある。

仮に、本件委任契約が成立していなかったとしても、一郎は被告B及び同乙山らの複数回に及ぶ勧誘により本件相続税対策を実行したところ、同被告らは現行の課税実務において通用する内容の相続税対策を助言、指導すべき義務等があったのにかかわらず、これを怠った。したがって、被告B及び同乙山は、原告らに対し、不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

被告Cは、被告B及び同乙山と共に、一郎に対し、本件相続税対策を実行するように勧誘した。

被告Cは、被告B及び同乙山が一郎に対して本件相続税対策を助言、指導することを容易にさせ、同被告らの不法行為を幇助したものであり、同被告らと共に不法行為責任を負う。

一郎は、本件株式八万二二〇〇株の購入費用としてエスビーエフから一四億五二万三六〇〇円を借り入れ、金利として二億四四三五万円を支払ったが、これは被告B及び同乙山の誤った助言、指導により本来出捐すべきではない支払を余儀なくされたものである。一郎の相続人である原告らは、本訴において右二億四四三五万円の内金八〇〇〇万円の請求をする。

原告らは、原告ら訴訟代理人に対し、本件更正処分等に対する異議申立て、審査請求及び処分取消訴訟の提起並びに本訴提起のための弁護士費用として二〇〇〇万円の支払を余儀なくされた。

2  被告Cの不当利得返還義務

一郎は、本件相続税対策が所期の目的を達成せず、かえって多額の税負担が生じるとすれば右対策を実行することはなかった。一郎は、Dに対し、平成四年一二月二五日本件株式の引受けについての手数料という名目で四三二七万六一七九円を支払い、同社は被告Cに対し、同日紹介料として六四九万一四二六円を支払った。また、一郎は被告Bに対し、平成六年一二月二六日原告二郎が被告Aに対して本件株式七万八〇〇〇株を売却した際、売却手数料の名目で四一四五万七八五〇円を支払い、同被告はDに対し、同日半額である二〇七二万八九二五円をパートナー料として支払った。Dは、被告Cに対し、平成七年二月一〇日右パートナー料の二割である四一四万五七八五円を紹介料として支払った。

一郎の相続人である原告らは、被告Cに対し、同被告が受け取った右紹介料(報酬)について不当利得返還請求権を有する。

3  株券の返還

本件株式の贈与者である一郎と受贈者である原告二郎は、本件更正処分等を課されるのであれば、本件相続税対策を実行することはあり得なかった。したがって、右贈与契約は錯誤により無効である。

なお、一郎から原告二郎への本件贈与、同原告から被告Aへの本件株式の売買は、本件相続税対策の一環として被告乙山が考案したものであり、本件株式の発行会社であるF及び被告Aはいずれも被告乙山が節税対策のために利用している同被告の支配する会社である。したがって、被告Aは第三者とはいい難いことから、同被告が別紙株券目録二記載の株券を善意取得することはあり得ない。また、被告Aは、原告から本件株式を買い受けた際、本件相続税対策が功を奏さない場合には、右売買が無効に帰することは十分に予測していたはずであり、右株券の取得について悪意又は重過失がある。仮にそうでないとしても、原告二郎と被告Aとの間の右売買契約は、同原告の錯誤に基づくものであるから、無効であり、同被告が右株券を善意取得することはないというべきである。

よって、一郎の相続人である原告らは被告Aに対し、別紙株券目録二記載の株券の返還を求める。

四  被告B、同乙山及び同Aの主張

1  被告B及び同乙山と一郎との間で、本件委任契約が締結された事実はない。一郎が本件相続税対策を実行することを決意したのは、もっぱらDの勧誘があったからであり、被告乙山が当時一郎らと接触したことはないし、被告Bの担当者も右相続税対策の実行前に一度面会したことがあるに過ぎない。

2  本件株式の時価については、通達によれば、配当還元方式により評価すべき場合に当たる。しかしながら、柏税務所長は本件株式の時価を配当還元方式ではなく、一郎の取得価額により評価した。その理由は、本件株式の贈与が贈与税ひいては相続税の負担を軽減する目的で行われており、右株式が一般の株式のように投資、運用の対象になっていないことから、右株式を配当還元方式により評価すると納税者の公平を著しく害すること、右株式は同方式の予定する株式とは性質上かけ離れていることにある。

しかしながら、税負担の軽減の結果を認めることが直ちに納税者の公平を著しく害することにはならないというべきであるし、取得の目的、動機は配当還元方式を採用するための要件とはされていない。

右のとおり税務当局が本件更正処分等をしたのは不合理であり、被告B及び同乙山がこれを予見することは不可能であった。したがって、被告B及び同乙山に不法行為責任が生じることはない。

3  仮に、原告が主張するように、一郎の原告二郎に対する本件贈与が無効であるとしても、被告Aは原告二郎が別紙株券目録二記載の株券の所有者であると信じたし、そのように信じたことについて重過失はないから、同被告は右株券を善意取得した。

五  被告Cの主張

1  一郎は、有限会社G(以下「G」という。)に対し、その相続税対策を相談していた。被告Cは、平成四年一〇月ころ、Gの依頼を受けて、Dを原告二郎及び同三郎に紹介したに過ぎない。被告Cは、本件相続税対策の内容を全く知らされていなかった。本件相続税対策は、Dの顧問税理士である被告乙山が考案し、これをDが一郎に販売したものである。本件相続税対策の説明等は、D及び被告Bの担当者がしているし、一郎が右対策商品を購入することを決意したのは、平成四年一一月中旬以降のDの担当者の直接の説得によるものである。

したがって、被告Cが原告らに対し、不法行為責任を負う理由はない。

2  被告Cは、Dの主宰するHクラブ(以下「本件クラブ」という。)の会員であるところ、同被告においてDに対し、一郎を紹介したことから、紹介手数料として合計一〇六三万七二一一円を受領し、内金三七八万二八〇〇円をGに対して交付した。被告Cは、右のとおり紹介手数料として六八五万四四一一円の利益を得たものであり、不当利得ではない。その上、被告Cは右紹介手数料の支払を、一郎からではなく、Dから受けたものであり、同被告が原告らに対し、不当利得返還義務を負ういわれはない。

第三  争点に対する判断

一  前記前提となる事実に、証拠(甲一ないし一五、一七、一八、乙イ一ないし八、乙ロ一ないし三、四の1ないし3、五、証人鈴木洋志、同丁浦冬夫、同山田茂、原告三郎本人、被告乙山本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  甲田家は代々農家を営み、広大な農地を所有していたところ、右農地が宅地化されるなどして、その資産価値が莫大なものになっていた。そのため、一郎は相続税対策に頭を悩ませていた。

一郎は、昭和六三年ころ不動産業者であるGの代表取締役佐藤清(以下「佐藤」という。)と知り合った。Gは、平成四年春ころ被告Cと業務提携契約を締結し、同年九月ころ同被告に対し、一郎が所有する土地について、相続税対策を踏まえた有効活用を提案してもらいたい旨の依頼をした。これを受けて、被告Cは一郎に対し、同人が所有する土地上の三階建一二二世帯用の賃貸マンションを建築することを提案した。しかしながら、右提案は、一郎により他の案と比較検討したいということで、その採用を留保された。

2  被告Cは、平成四年Dが主催する本件クラブに入会した。本件クラブは、経営コンサルティングである株D総合研究所の顧問先企業二三〇〇社のうち、新規出店やオフィスの建設等を計画している者と不動産会社や建設会社を引き合わせ、遊休地を有効活用させることなどを目的としていた。

被告Cは、平成四年九月ころDの担当者を講師として招き、同被告の取引先である不動産業者や土地所有者を対象に相続税対策セミナーを開催した。右セミナーには、被告Cの社員及び佐藤も出席した。その後、佐藤は、被告Cの東京支店中央営業所長である山田茂(以下「山田」という。)に対し、一郎の件でDに相続税対策の提案をしてもらいたいので、同社を紹介して欲しいとの依頼を受けた。山田は、右依頼を受諾し、佐藤にDの担当者を紹介した。

3  佐藤、山田、Dの担当者及び税理士は、平成四年一〇月上旬原告三郎が経営するJ産業有限会社(以下「J産業」という。)を訪れ、原告三郎と同二郎に会った。Dの担当者らは、原告三郎らに対し、D、被告B及び同乙山について話をした上、次のような内容の相続税対策について説明した。

(一) 被相続人である一郎は、本件株式を買い受け、その売買代金を支払う。

(二) 一郎は、本件株式を一定期間経過後財産を多く相続させようとする相続人に対して贈与する。

(三) 受贈者である相続人は、本件株式を一定期間保有した後、被告Bが紹介した業者に時価で売却する。

右相続税対策は、平成三年ころ被告乙山が考案したものであった。

被告B、同乙山とDは、平成四年中ころから本件相続税対策について、業務提携関係を結んでいた。すなわち、被告Bは顧客との接点がないことから、Dが顧客を同被告に紹介し、共同で勧誘及び説得を行うこと、手数料は折半すること、被告乙山が総合的な指揮監督をすることなどの取り決めをしていた。

平成四年一〇月中旬ころ、Dの担当者らが再びJ産業を訪れ、原告三郎及び同二郎と面談した。右担当者らは、本件相続税対策を実行することにより五億円程度の節税になる旨の説明をした。原告三郎らは、右説明に疑心暗鬼であり、同原告らから説明を受けた一郎も、疑念を抱いており、右相続税対策を実行する決断がされるには至らなかった。

その後、原告三郎は、株式会社さくら銀行の担当者に相続税対策について相談したところ、同行の顧問税理士は本件相続税対策と似通った案を提示した。原告三郎は、一郎に対し、右銀行の顧問税理士も右対策に似通った案を提示したことを報告した。

平成四年一一月中旬ころ、Dの担当者と被告Bの丁浦冬夫税理士(以下「丁浦税理士」という。)らがJ産業を訪れ、原告三郎及び同二郎と面談した。丁浦税理士は、原告三郎らに対し、本件相続税対策の内容や被告乙山が偉大な税理士であることなどについて説明した。また、その際、被告Bの関連会社であるFのパンフレットが示されたが、右パンフレットには代表取締役として、「大島恒彦(元高松国税局長)」という記載があった。原告三郎らは、高名な税理士である被告乙山や外の税理士がこれほど勧めるのであれば、本件相続税対策は問題ないものであろうと思うようになった。原告三郎らは、右税理士の説明等を一郎に報告した。その後、Dの担当者らが、一郎宅を二、三回訪問し、同人に本件相続税対策を採ることを説得し、一郎、原告三郎及び同二郎は右対策を採ることを決断した。

4  被告Bは、一郎に対し、本件株式の購入費用の融資先としてエスビーエフを紹介し、一郎は同社から平成四年一二月右購入費用及び担保権設定等の諸費用として約一五億七八〇〇万円を借り入れた。なお、一郎はエスビーエフに対し、二年分の利息として、二億四四三五万円を支払った。

一郎は、平成四年一二月本件株式八万二二〇〇株を一株当たり一万七〇三八円、合計一四億五二万三六〇〇円で購入した。Fは、右代金のうち、約八割を定期預金として積み立て、エスビーエフを質権者とする質権を設定した。

一郎は、Dに対し、平成四年一二月二五日本件株式の紹介料として四三二七万六一七九円を支払った。Dは、被告Bに対し、同日株式投資実行手数料として右金額の半額である二一六三万八〇八九円(消費税を含む。)を、被告Cに対し、株式投資顧問紹介手数料として六四九万一四二六円(消費税を含む。)をそれぞれ支払った。

一郎は、原告二郎に対し、平成五年一二月一五日本件株式を贈与した。一郎が本件株式を取得した後、原告二郎への贈与までの間に約一年間という期間を置いたのは、右株式について取得当時の時価ではなく、配当還元方式で評価を受けるための安全策であり、被告BがDに右期間を置くように指導していたことに基づくものである。

原告二郎は、Dの指導の下、柏税務署長に対し、本件株式の価額について、配当還元方式により一株当たり二〇八円、合計一七〇九万七六〇〇円と評価した上、贈与税の申告をした。

J産業は、平成六年一二月二二日原告二郎から一二億九六一九万五一五〇円を借り入れた上、一郎に対し、右金員を貸し渡す手続を採ることにした。原告二郎は、被告Aに対し、平成六年一二月二六日本件株式七万八〇〇〇株を、一株当たり一万七二〇一円、合計一三億四一六七万八〇〇〇円で売り渡した。原告二郎は、J産業に対し、右売買代金の内金一二億九六一九万五一五〇円を貸し付け、さらに、同社は一郎に対し、右金員を貸し渡した。一郎は、エスビーエフに対し、同日借入金の一部弁済として一二億七四〇二万三六〇〇円を支払った。右のように原告二郎が一郎に対し、直接エスビーエフに対する借入金の弁済資金を提供せず、J産業を介在させたのは、税務当局に贈与とみなされるのを避けるためであった。また、原告二郎が本件株式を取得した後、被告Aに売却するまでの間に約一年間という期間を置いたのも、右株式について取得当時の時価ではなく、配当還元方式で評価を受けるための安全策であり、被告BがDに右期間を置くように指導していたことに基づくものである。一郎は、被告Bに対し、本件株式の売却手数料という名目で、四一四五万七八五〇円を支払い、同被告はDに対し、平成六年一二月二六日その半額である二〇七二万八九二五円を支払った。さらに、Dは、被告Cに対し、平成七年二月一〇日本件株式の売却顧客紹介料という名目で、四一四万五七八五円(消費税を含む。)を支払った。被告Cは、Gに対し、Dから受け取った紹介料の総額一〇六三万七二一一円の内金三七八万二八〇〇円を渡した。

なお、被告B、F及び被告Aは、いずれも被告乙山が実質的に支配するグループ企業であった。

5  一郎は、平成七年四月五日に死亡した。

平成七年一〇月ころ東京、大阪及び名古屋等の各国税局が本件相続税対策に関連して大規模な税務調査を行った。原告二郎についても、東京国税局の税務調査があったところ、被告Bは同原告に対し、その直前に本件相続税対策に関係する資料は全て廃棄するようにとの指示をした。原告は、右指示に従い、右関係資料を廃棄した。

柏税務署長は、原告二郎に対し、平成八年二月一六日、平成六年三月の贈与税の申告について本件更正処分等をした。右更正処分等の内容は、原告二郎が贈与により取得した財産(株式)の価額は、一郎の買受代金と同額の一四億五二万三六〇〇円であり、贈与税として九億六九〇四万六一〇〇円及び過少申告加算税一億四四〇七万一五〇〇円を納付すべきであるというものであった。

なお、被告B内部では、本件相続税対策は税務当局から否認されるおそれがあるということで反対し、そのために同被告を退職した税理士が二名程いた。また、一郎らが本件相続税対策を実行した当時、国税庁はいわゆる節税商品に対しては厳しい態度で望むようになっており、右商品については通達に従っているにもかかわらず、課税がされる扱いがみられるようになっていた。

原告二郎は、東京国税局長に対し、本件更正処分等について、一郎と原告二郎間の本件贈与は、多額の税負担が課されるとは知らずにされたものであり、錯誤により無効であるなどとして、異議の申立てを行ったが、平成八年六月二〇日右異議の申立ては棄却された。その理由として、本件贈与を含む一連の行為が贈与税ひいては相続税の負担を回避する目的でされたものであることは明らかであること、本件株式は相続税又は贈与税の負担の軽減を図る目的のみで一時的に保有され、その目的を達成すると、出資額に見合う金銭を回収することを目的として発行される特殊な株式であり、通達が配当還元方式により評価することを予定している株式とかけ離れた性質を有すること、本件株式を配当還元方式により評価した場合、納税者間の課税の公平が著しく損なわれることは明らかであることなどから右株式の評価は相続税法二二条に規定する時価により評価するのが相当であること、本件株式が極めて安定した価額で推移したことからすれば、本件株式は一郎の取得価額と同額で評価するのが相当であること、右贈与が錯誤により無効であるというのは、具体的な裏付けを欠くことなどが摘示された。さらに、原告二郎は、右東京国税局長の決定について、国税不服審判所長に対し、審査請求の申立てをしたが、平成一〇年六月一〇日右審査請求も棄却された。その理由として、一郎と原告二郎は、本件相続税対策により贈与税ひいては相続税の大幅な節税を得られるものと考え、本件贈与をしたのであり、動機の錯誤があること、課税の基因となった契約等が厳密な法令適用の面からは無効とみられる場合であっても、その行為の結果、有効な場合と同様の経済的成果が発生し、存続していると認められる場合には、これに課税するのは当然であり、何ら違法視するには当たらないところ、原告二郎は右贈与について経済的成果を享受及び活用していることは明らかであることなどが摘示された。原告二郎は、右国税不服審判所長の裁決も不服であるとして、千葉地方裁判所に対し、取消訴訟を提起した(平成一〇年(行ウ)第六六号)。

原告らは、原告訴訟代理人佐藤和利弁護士との間で、平成八年四月二日本件更正処分等に対する異議申立て、審査請求及び取消訴訟の弁護士費用として、二〇〇〇万円の支払を約した。

二  争点1について判断する。

1  相続税法二二条は、相続等により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による旨規定しているところ、右にいう時価とは客観的な交換価値を指すものと考えられる。しかしながら、客観的な交換価値は必ずしも一義的に確定されるものではないことから、課税実務上は財産評価の一般的基準である通達により定められた評価方法により相続財産を評価するのが原則である。これは、財産の客観的な交換価値を個別に評価していたのでは、その評価方法及び基礎資料の選択の仕方等によって評価者ごとに異なった評価がされるおそれがあること、課税庁の負担が重くなり、課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあることなどから、あらかじめ定められた評価方法によりこれを画一的に評価する方が納税者の公平、便宜という見地からみて合理的であるという理由に基づくものである。したがって、通達の評価方法を形式的に適用することが実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかであるなどの特段の事情がある場合には、外の合理的な評価方法により当該財産を評価することができると考えられる。

ところで、通達によれば、少数株主の所有する株式の価額については、当該株式の年間配当金額を基準として計算する方法(配当還元方式)により評価することとされている。取引相場のない株式については、類似業種比較方式、純資産方式及び併用方式を用いるのが原則であるが、事業経営に対して影響を与えることの少ない少数株主の保有する株式については、単に配当を期待するという程度に止まる場合が多いことと評価手続の簡便性を考慮して特例として配当還元方式が採用されたものである。

しかるに、前記認定事実によれば、本件相続税対策は贈与税ひいては相続税の大幅な軽減を目的として考案されたものであることは明らかである。そして、本件株式は専ら相続税又は贈与税の負担の軽減を図る目的で一時的に保有され、その目的を達成すると、出資額に見合う金銭を回収することを目的として発行される特殊な株式であり、通達が配当還元方式により評価することを予定している株式とかけ離れた性質を有するというべきであり、右株式を配当還元方式により評価した場合には、納税者間の課税の公平が著しく損なわれる上、富の再配分機能を通じて経済的平等を実現するという相続税法の立法趣旨から大きく逸脱することは明らかである。

そうすると、右に説示したところと同様の事実認識に基づき、柏税務署長が本件株式の評価を配当還元方式ではなく、一郎の取得価額と同額の一四億五二万三六〇〇円と評価したことは相当である。

また、原告らは本件更正処分等に対する異議申立て及び審査請求等において、本件贈与が錯誤により無効であるにもかかわらず、柏税務署長が本件更正処分等を原告二郎に課したのは違法であると主張している。

しかしながら、後記のとおりなるほど本件贈与について原告二郎に錯誤があることが認められるものの、前記認定のとおり同原告は本件株式が実際には一郎の取得価額と概ね同等の価値を有するという認識の下に右贈与を受けていること、同原告は被告Aに対し、本件株式七万八〇〇〇株を一三億四一六七万八〇〇〇円で売り渡した上、右売買代金の内金一二億九六一九万五一五〇円をJ産業に貸し付けたことなどからすれば、同原告は右贈与が有効であるのと同様な経済的成果を享受していたものと認められる。この点に、原告二郎の錯誤は後記のとおり動機の錯誤に過ぎず、その錯誤が客観的に明白であるとまではいえないことなどを考え併せると、本件更正処分等が違法であると認めることはできないというべきである。

2 被告乙山は、税理士であり、租税立法、通達及び課税実務等について専門的知識を有するのであるから、右立法の趣旨に反せず、課税実務において認められる内容の相続税対策を考案し、これをもって自己が経営する会社等を介して税務相談をすべき注意義務があるというべきである。しかるに、被告乙山が考案した本件相続税対策は、租税立法の趣旨を大きく逸脱しており、課税実務上到底認め難いものであること、右対策が考案されたころには、いわゆる節税商品については、形式的に通達に従っていても税務当局から否認される流れが出始めていたこと、被告Bに雇用されている税理士のうち二名が右相続税対策は税務当局に否認されるリスクがあると考え、同被告を退職したこと、被告乙山自身も本件株式の購入価額と配当還元方式による評価額に差異が有り過ぎたことを自認していること(被告乙山本人)などからすれば、被告乙山において右対策が税務当局から否認されるおそれがあることは十分に予見することが可能であったというべきであり、それにもかかわらず、前記注意義務に反して課税実務において否認されるような本件相続税対策を考案し、これをもって自己が経営する会社等を介して税務相談をさせたことについて過失が認められる。

また、被告Bは、経営、事業承継及び相続に関するコンサルタント業務を業とする株式会社であり、被告乙山がその代表者であるところ、被告Bは被告乙山と同様に、租税立法の趣旨に反せず、課税実務において認められる内容の税務相談をすべき注意義務があり、かつ、本件相続税対策が租税立法の趣旨を大きく逸脱しており、課税実務上到底認め難いことを予見することが可能であったにもかかわらず、本件相続税対策を一郎らに対して助言、指導した点に過失が認められる。

一郎が本件株式の購入費用としてエスビーエフから約一五億七八〇〇万円を借り入れ、金利として二億四四三五万円を支払ったことは前記認定のとおりである。一郎は、本件相続税対策が本件更正処分等を課されるような瑕疵ある対策であることを知っていたならば、二億四四三五万円もの金利を負担する約定の下、第三者から借入れをした上、本件株式を購入することなど有り得なかったことは明らかであり、右金利分二億四四三五万円は一郎の損害に当たるものというべきである。

なお、前記認定事実によれば、一郎と被告Bとの間では、本件相続税対策について、Dと共に委任契約が成立したことが認められるが、一郎と被告乙山との間には、委任契約関係は認められない。

以上によれば、一郎の相続人である原告らは、被告B及び同乙山に対し、共同不法行為による損害賠償請求権に基づき、連帯して二億四四三五万円の内金合計八〇〇〇万円を支払うことを求める権利があるというべきである(原告らが相続した損害賠償請求債権は可分債権であるところ、原告らが定立した請求の趣旨によれば、原告ら各自について平等の割合による金員の支払を求めていると解されるが、前記認定のとおり原告甲川春子、同甲林夏子及び同甲橋秋子は花子の相続を放棄していることから、原告二郎は二〇〇〇万一円、同三郎は二〇〇〇万円、原告甲川春子、同甲林夏子及び同甲橋秋子は各一三三三万三三三三円となる。)。

また、原告らは本件更正処分等に対する異議申立て、審査請求及び処分取消訴訟の提起並びに本訴提起のための弁護士費用として原告ら訴訟代理人に対し二〇〇〇万円を支払うことを余儀なくされたと主張し、甲一七によれば、原告らは原告ら訴訟代理人佐藤和利弁護士との間で、右異議申立て、審査請求及び処分取消訴訟の提起の弁護士報酬として二〇〇〇万円の支払を約した事実が認められる。

しかしながら、前記説示のとおり本件更正処分等は正当であり、これに対して異議等を申し立てることは原告らの権利の擁護のために、本来必要とされる行為であるとはいい難いのであって、弁護士報酬の支払を求める原告らの請求は理由がない。

3  原告らは、被告Cが被告B及び同乙山と共に、一郎に対し、本件相続税対策を実行するように勧誘したこと、被告Cは、被告B及び同乙山が一郎に本件相続税対策を助言、指導することを容易にさせ、同被告らの不法行為を幇助したものであり、同被告らと共に不法行為責任を負うことを主張する。

しかしながら、前記認定のとおりDにおいて主催する本件クラブの会員である被告Cは、一郎を右Dに対して紹介したに過ぎないこと、同被告は不動産の売買及び仲介等を業とする株式会社であって、被告乙山らのように本件相続税対策が税務当局から否認されることを予見することは困難であったという外ないことなどからすれば、被告Cが原告らに対し、不法行為に基づく損害賠償責任を負うことはないというべきである。

三  争点2について判断する。

原告らは、被告CがDから紹介料として受け取った合計一〇六三万七二一一円が不当利得であり、原告らに返還すべき義務があると主張する。

しかしながら、被告Cは本件クラブを主催するDに対し、右クラブの会員として一郎を紹介するという労を執っており、その紹介手数料として右Dから右一〇六三万七二一一円を受け取ったものであること、前記説示のとおり同被告において本件相続税対策が税務当局に否認されることについて悪意又は重過失があったと認めることはできないことなどからすれば、同被告の右利得は法律上の原因がないと認めることはできないというべきである。

以上によれば、争点2についての原告らの主張は採用することができない。

四  争点3について判断する。

前記認定事実によれば、一郎と原告二郎は、本件相続税対策に従うことによって、一郎が購入した本件株式を原告二郎に贈与すると、右株式が配当還元方式により評価され、その価額が一郎の購入価額に比べて著しく低いことから、贈与税ひいては相続税の大幅な節税になると考えて、右贈与がされたものであり、一郎と同原告には動機の錯誤が認められる。そして、右動機は一郎と原告二郎により少なくとも黙示的には表示されていたものと認めるのが相当である。そうとすれば、右贈与は錯誤により無効であるというべきである(なお、右のように贈与が錯誤により無効であるとしても、これに対して本件更正処分等を課することが適法であることは前記説示のとおりである。)。

これに対し、被告Aは別紙株券目録二記載の株券を善意取得したと主張する。 しかしながら、右説示のとおり原告二郎には被告Aに対して本件株式を売り渡すに当たって、右において説示したところと同内容の動機の錯誤があり、右錯誤は少なくとも黙示的には表示されていると認められること、同被告と被告Bは共に、被告乙山が代表取締役をしているグループ企業であり、被告Aは被告乙山が考案した本件相続税対策の一環として本件株式を取得したものであって、その意味において被告Aは純然たる第三者であるとはいえず、取引の安全を重視すべき事案であるとは認め難いことなどからすれば、同被告が右株券を善意取得したと認めることはできないというべきである。

結局、一郎の相続人である原告らは、被告Aに対し、別紙株券目録二記載の株券の返還を求めることができる。

五  以上によれば、原告の本訴請求は主文掲記の限度で理由がある。

(裁判官・志田原信三)

別紙株券目録一、二〈省略〉

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